魂の動きに忠実になれば、人は変わることができる

魂の動きに忠実になれば、人は変わることができる

人間は何歳からでも変われるとよく言われますよね。
原則はその通りですから異論はありませんが、
歳を取るほど変わりにくくなるのは
間違いないと思います。

負の面を強調するなと思われるでしょうが、
世の中のメンタルについて述べているさまざまなものは、
ほとんどが人を前向きにすることにばかり注視して
ネガティブなことに関しては言っていない気がするのです。

良い面だけ知っていればいい、
悪い面を知るとメンタルが落ちるから、
そういうつもりであるなら危険だと思います。
両方の面を知ることによって、自分で対処できる
能力を養っていくのが本来の姿ではないでしょうか。

最近、宮城県知事選挙がありました。
水道民営化推進・イスラム人土葬用地の整備を進める現知事
vsそれに反対する対抗馬の図式です。

現知事の政策については
既存メディアでは一切報道されていませんが、
日本を守ることから乖離していることは
SNSから情報を得る人は知っています。

世代別にどちらを支持しているかを調査したものによると、
年齢が高くなるほど現知事を支持し、
若い人ほど対抗馬を支持しているのです。

つまり、SNSという新しい手段を使いこなすというのは
新しいことにチャレンジする・新しい世界を知る、
そのような変わることへの抵抗のない若い人ほど顕著であり、
変わりたくない意識の強い高齢者ほど
及び腰になるということです。
老害といわれたりもしますよね。

変わりたくないのは、
人にもともと備わったものですから、
どうしても年齢を重ねるごとに強くなっていきます。
老化で身体の自由が効かなくなっていくのも、
変化しないことに沿った自然な流れですし
抗えないのは仕方のないことです。

さらに、女性の場合は内へ入り守るのが特性としてありますから、
どうしても変化したくない意識は男性よりも強いと感じます。
良く言えば安定志向でしょうか。

人間だけでなく生物の最終目的は
動から静へ、つまり
危険に立ち向かいサバイバルすることから、
だんだん守りに入って静かに眠る、
そのように設計されているのだろうと思います。

しかし、なんでもかんでも守りに入るのでは
そもそも生きる意味自体がなくなってしまいますよね。

知る・学ぶ・行動するなど、
こうしたことを生きている間どれだけ経験するかが
生きるということなのですから。

ですから、だんだん変化したくなくなる本能に対して、
意識的に変化することを自分に言い聞かせなくては
ならないのです。

さまざまな生き方指南やメンタル指導などでも
変化を促すことは必須項目となっていますが、
これはあらゆる人にとって
最大の大きな壁となっているということですよね。

わたしも多くの学びを得ましたが、
ようやく絶対的な確信を得たことがあります。

それは、「魂の動きに忠実に動く」ということ。
簡単にいうなら「直感は裏切らない」ということですね。

直感といっても大小あります。
「ランチ何食べよう。そうだ!唐揚げ定食だ!」
こうしたものは直感といっても、どうでもいいものです。

そうではなく、もっと生きることに直結するもの。
「もうイヤだこの会社」
そう何十回何百回と思うなら、もうこれは魂からの叫びです。
それに忠実になるということですね。

そして頭で考え出すとせっかくの直感を疑い始め、
さらに時間が経つほど行動への恐れが大きくなり、
変化させるためのエネルギーを多く使うことになります。

変わるということは恐いんですよ。
今までの自分を、ある意味否定することにもなるからです。

今までの自分でうまくやれてきた人ほど、
これでいいんだと納得して生きてきた人ほど、
変わることにものすごく抵抗して、
行動するのを断念することもあります。

これはどういうことを指すと思いますか?
そうです。後悔です。

今のこの時代、
さすがにどんなにのんびりしている人でも
世の中が大きく動いていると感じるのではないでしょうか?
世が変われば人間も変わらなくてはなりません。

人間は何歳からでも変われるというけれど
なかなか人はうまく変化に対応することが難しい。
けれど、魂の動きに忠実に、直感が閃いたら、
そこがまさにその人の動くべきタイミングですし、
変われるはずだとわたしは思います。

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